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行ったことのないフロリダ

いなくなってしまった人や、誰なのかわからない人のこと

174来し方

行旅死亡人
本籍不詳、住所神奈川県厚木市上荻野一六八二番地相州病院内、氏名杉浦作次郎、生年月日明治三十四年十一月一日生
 右は、川崎市にて父三吉、母カクの次男として出生する。家庭貧しく六歳で奉行に出る。夜学に一年程通学後中退する。大正に入り日雇いとして働く。その後東京品川区で、兄の久太郎と運送業を経営、不振のため廃業する。昭和十六年徴兵により軍属として北平島に行き、同二十年に帰国。戦後は各地を転々とし、昭和三十八年に来藤したが、住所不定のため保護され、施設に入所したが飛び出してしまう。昭和四十二年七月藤沢市内の神社で再保護される。老人性精神障害のため、厚木の相州病院に入院していたが、昭和五十一年十一月十四日同病院にて急性心不全のため死亡する。単身者で親族全く不詳のため、遺体は十一月十六日火葬に付し、当市無縁墓地に仮埋葬されている。お心当りの方は当福祉事務所まで申し出て下さい。
 昭和五十一年十二月二十一日
 神奈川県 藤沢市役所


行旅死亡人
氏名(自称)神原幸子 生年月日(自称)大正十二年二月二十五日 住所 東京都小平市小川東町二七八六番地 松見病院、 本籍 不詳 身長一六〇糎 髪型おかっぱ 面長 色白 小太り
 右の者は、 昭和三十七年十二月二十七日荒川区の杉の湯で働いている際、 精神分裂病を発病、 小平市内の松見病院に入院していた。(荒川区生活保護受給) 昭和五十八年十一月胃癌発病し、 小平市内の多摩済生病院に転院したが、 昭和五十八年十一月二十日死亡。
 遺体は、 火葬に付してあります。心当りの方は、 当市福祉事務所まで申し出ください。
 昭和五十九年一月五日
 東京都 小平市長 瀬沼 永真