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行ったことのないフロリダ

いなくなってしまった人や、誰なのかわからない人のこと

204戦後 成田

行旅死亡人
自称本籍大阪市南綿屋町三五の二幸次郎妹坂井はつゑ三十一歳丈五尺位丸顏目普通鼻低口大にして特徴なし
 右者昭和二十二年十二月十五日行旅病人として所轄警察署の引渡しを受け救護中同年十二月二十二日氣管支炎にて死亡したので本籍地え昭会せるも右は僞りにして引き渡すにも手掛りなく仮埋葬の処置をしてあるので心当りの者は申し出られたい。
 昭和二十二年十二月二十三日
千葉縣印旛郡成田町役場

行旅死亡人
自称本籍東京都江東区弁天町二の二大畑たま四十二歳丈五尺一寸位精神少しく異状あり黄縞單衣に黒帶を締め杉下駄を穿つ。
右者昭和二十三年六月二十九日行旅病人として成田町警察署の引渡しを受け救護中同年七月四日栄養失調で死亡したので本籍地へ照会したるも右は僞りにして引渡すにも手掛なく仮埋葬の処置をしてあるので心当りの者は申出られたい。
昭和二十三年七月五日
千葉県印旛郡成田町役場

行旅死亡人
本籍住所不詳推定三十六歳位の女、中肉色白左耳元に蚕豆大のいぼありロイド緑眼鏡を用う、頭髮中途より切断布切にて結ぶ人絹伊達卷せる單衣メリンス長襦袢サラシの襦袢、外に五歳位の女兒はワンピース毛糸シヤツネルの襦袢ズロース二枚、二歳位の男兒は富士絹袷ネルの襦袢毛糸ジヤケツ人絹肌襦袢おむつ三枚を着衣とす。
 右三名は昭和二十三年五月五日夜成田町成田五六四番竹田屋旅館に宿泊中服毒母子心中をなし居るを発見成田町警察署より戸籍法第百二十二條第一項により引渡しを受け仮埋葬しあり心当りの者は申し出られたし。
 昭和二十三年五月十日
千葉縣印旛郡成田町役場

行旅死亡人
 本籍住所不詳自称斎藤吉松六十五歳人相丈五尺三寸位頭髪白く面長あごひげ白く濃く其の他普通で特徴なしスキー帽上衣袴共国防色で上衣は折返しの詰襟を着け其の他所持金品なし。
 右昭和二十五年四月八日午後三時四十分頃当町土屋八七六番地木賃宿伊能ひさ方に投宿何事も聽取しない途端に老衰に因り死亡所轄成田町署で検視と同時に引渡を受け仮埋葬す。心当りの者は申出でられたい。
 昭和二十五年四月十二日
千葉県印旛郡成田町役場

行旅死亡人
本籍住所不詳推定年令三十七、八才位の男丈五尺三、四寸位面長頭髪一寸位にしてオールバツク油気なし白麻半袖開襟シヤツ木綿新品ズボン丸クビシヤツ茶色下帯絹靴下に白運動靴を穿ち現金二百五十円こわれた懐中時計古洋傘を所持す。
 右昭和二十七年七月三十一日午後十一時二十分頃成田山新勝寺通用門下に変死体として発見所轄警察署で検視の後引渡を受け仮埋葬す。心当りの者は申出でられたい。
 昭和二十七年八月三日
千葉県印旛郡成田町役場

行旅死亡人
本籍住所氏名不詳、推定年令六十才位の男、体格少型口ひげを蓄え「ボロ」洋服を着用するのみで所持金品はない。
 右は昭和三十一年一月二十日成田市江弁須五六番地元防空壕内で死亡しているのを発見 身元判明しない行旅死亡人として所轄成田警察署の引渡しを受け仮埋葬す。又生前自称の東京都台東区浅草三筋町一五番地高沢一作について同区役所に照会したが該当者のない回答があつた、心当りの者は申出でられたい。
 昭和三十一年三月二日
千葉県 成田市役所